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その役割は大使館、交流協会台北事務所
世界企業の海外進出、TOTO社台湾工場

 台北市の中心部にある「交流協会台北事務所」を表敬訪問します。日本と台湾は盛んな交流はあっても、「国交」が無いため大使館とは呼ばれませんが、実際は大使館の役割を担っていただいている施設です。ここでは、日本と台湾との関係や、外交官の日頃の暮らし・お仕事についてお話しをお聞きします。日頃の日本を代表してのご活躍に敬意を表して、花束贈呈のセレモニーも用意しています。

 福岡が誇る世界企業「TOTO」の台湾工場を訪ねます。現在の台湾でのTOTO社のトイレシェアは約6%。世界企業の海外進出への挑戦物語をお聞きします。工場内見学はとてもエキサイティングで、国際レベルのスタッフの技術と最新鋭機器との融合をすぐ目の前で体験できます。大型の窯で陶器を焼いていくシーンは、焼き物の窯元を彷彿とさせます。

同じく福岡が世界に誇る安川電機社のロボットも工場内で活躍しています。昨年の訪問時には、「TOTO」のロゴ印字体験やミニチュアのオリジナルトイレづくりにも挑戦しました。

福岡企業「ふくや」さんの明太子進出 in 台湾

 世に辛子明太子を生み出した、福岡の老舗「ふくや」さん。明太子への認知度の低かった台湾での市場開拓が進められています。流通の現場などをお訪ねして、この間の苦労話や今後のアジア戦略についてもお話しをお聞きします。

昨年は、台北の高級生鮮スーパー「微風広場」と日本料理「えんレストラン」を訪ねました。「微風広場」では、日本からの生鮮品に対する現地の需要の高まりや明太子の市場拡大について勉強させてもらいました。また、「えんレストラン」では明太子メニューの試食を交えながら、台湾での日本食普及に向けた挑戦についてお話しを伺いました。

さらに今年は、台湾企業「東森」社を訪ねる予定にしています。「東森」は、日本から食品を輸入し、台湾市場で販売する商社です。日本食・食材の台湾における普及や流通について学びます。

台湾国家元首が執務を行う、台湾総統府

 台湾総統(大統領)が執務を執り行う台湾総統府を訪問し、内部を見学します。総統府は、日本でいいますと総理官邸にあたります。1919年、日本統治時代に「総督府」としてこの建物は建てられました。総統府に使われている木材は、全て台湾ヒノキ。

日本統治時代から戦後これまでの発展に至るまで、台湾と日本との関係を色濃く表した歴史に触れることができます。ご家族で貴重な体験をお楽しみください。

日本統治時代の建物、旧たばこ工場

 日本統治時代の建物を訪ね、日本と台湾の歴史を学びます。現在の「台湾総統府」も日本統治時代には、日本国の施設「台湾総督府」として建てられました。その他にも台湾には、日本統治時代の建物が数多く残っています。日本の明治時代を代表する建築物である国会議事堂や東京駅のような色調の建物が散見されます。今回訪ねるのは、「松山文創園区」という日本統治時代に「たばこ工場」として多くの人々が働いていた場所です。

今では、台北の文化とアートの発信地区になっています。足を一歩踏み入れれば、今でもその当時の郷愁を感じさせるその建物を訪ねます。

中華文化の至宝が並ぶ、故宮博物館

 台北市内に、国宝級の美術品などが数多く貯蔵・展示されている故宮博物館があります。

世界的に有名なこの博物館は、第2次大戦以前、中華民国時代に建てられたもので、展示品のほとんどもそれ以前のものです。中華の歴史・伝統を体感しに見学します。

台湾島の16の原住民族、順益原住民族博物館

現在の台湾の人口は、およそ2,300万人。その内、中国大陸から渡ってきた漢民族にルーツを持つ国民が98%を占めると言われています。台湾島は、古くより外国からの入植・統治が繰り返されてきました。オランダにポルトガル、そして日本。

台湾には、元来、古くからこの島で暮らし続けてきた原住民族が16民族存在すると言われています。長い時間を掛けて、民族ごとに独自の歴史と文化をつくってきました。原住民族の歴史は、迫害の歴史でもありました。

台北市内に構える「原住民族博物館」を訪ね、台湾のルーツを学ぶとともに、多様な文化や思想に対する知見を養い、マイノリティに対しての寛容や思いやりについて考える機会にします。

ランタン(天燈)が空を舞う、十份

 九份から少し離れたところに位置し、街の中心部を鉄道が横断する十份。ここでは、過去からランタン(天燈)を空に上げる風習があります。願い事をランタンに書いて、それを空に飛ばす体験ができます。九份が「千と千尋の神隠し」の舞台に例えられるのに対して、十份はラプンツェルによく例えられます。

他国からの支配・統治の歴史舞台、淡水

 ヨーロッパ諸国の入植・統治の歴史が色濃く残る街、淡水。元来、この台湾という島には、複数の原住民族のみが暮らしていました。大航海時代以降、台湾島はヨーロッパの国々からの度重なる上陸を許し、支配・統治が繰り返されました。「淡水」という街は、その当時の歴史や面影を色濃く残す街です。ヨーロッパ諸国からの侵略時代、日本による統治時代、そして中華民国から漢民族が大挙し、現在の台湾が形作られるまで、「外から来た人間たちによる統治」というのが台湾の歴史とも言えるでしょう。ここでは、紅毛城の他に、フィッシャーズワーフやマーカイ診療所・淡水正教会などを訪ねます。

他国からの侵入を迎え撃つ要塞拠点、紅毛城
台湾最古の温浴施設、瀧乃湯

 淡水の高台にある「紅毛城」は、ヨーロッパ諸国が台湾を自分たちのものにしようと争っていた時代(1600年代)、スペイン人によって建てられました。その当時は、島の外から攻め込んでくる他の国を待ち受けるための要塞拠点としての役割を担いました。その後、戦争のたびに城の所有国も変わっていきました。ちなみに、「紅毛」とは、文字通り赤い毛のことであり、その当時支配を続けていたオランダ人を指して呼ばれた名称です。この地から拝むことができる夕日は、昔も今も変わらぬ絶景だと言われます。

 台湾の温泉のルーツは、その昔、日本人が開発をしたことによるとされています。日本統治時代に、陸軍により保養・治療を目的としてつくられました。その当時の温泉施設が共同浴場「瀧乃湯」として現役のまま残っています。お湯加減が相当に熱いので、入浴の際は注意が必要です。

日本統治時代からの湯治場、北投温泉

 台湾でも温泉はとてもポピュラーで、「温泉天国」とも称されるほどです。今回は、日本統治時代の浴場「瀧乃湯」を擁し、歴史ある台湾随一の温泉街「北投温泉」を訪ね、宿泊します。貴重な歴史に触れながら、旅の疲れをゆっくり癒します。また、北投温泉には、世界10傑にセレクトされた優雅な趣きの図書館や、北投温泉でトップランクを誇る日本の老舗旅館「加賀屋」、温泉街ならではの湯けむりや地熱谷など多くの散策スポットが存在します。

台湾有数のパワースポット、孔子廟・龍山寺

 台湾の地で学問への誓いと合格祈願。儒教の創始者として名高い学問の神様・孔子を祀った「孔子廟」が台北市内にはあります。受験を控えた台湾の児童・学生たちの多くが、こぞってこの地を訪ねるといいます。日本統治時代には、病院や学校として使われた歴史をもちます。緑の多い廟内を散策し、「大成殿(本殿)」を参拝します。受験を控える参加者の方には、特にお薦めです。また、台北で最も歴史のある寺院「龍山寺」にも参拝します。龍山寺は、台湾でも有数のパワースポットとしても知られています。

思わず息をのむ、衛兵交替式

 思わず息をのみそうになる、厳壮な「衛兵交替式」を見学します。蒋介石の巨像が鎮座する大広間で、その交替式は行われますが、広間のピンと張り詰めた空気と衛兵たちの一糸乱れぬ整った動きが特徴的です。

中国の方角を向く蒋介石像、中正紀念堂

 清閑にそびえ立つ中正紀念堂、中国を向いて安置される「蒋介石」像。そこは、日本統治時代の軍用地だったところで、建物の中には、中華民国の祖といわれる「蒋介石」の巨大像が鎮座しています。中国大陸における内戦で、その当時の毛沢東が率いる中国人民解放軍に敗れ、1949年に台湾へ撤退した中華民国政府。

ここでは、台湾の複雑な歴史を見つめることができます。台湾の人たちにとって、とても深刻かつセンシティブな問題となっている「台湾と中国」、今後の関係。日本との人的交流・経済交流も盛んで、親日の人たちも多い台湾ですが、日本と台湾の「国交」は無いというのが現状です。

日本統治時代の金鉱山、九份

 今回訪れる「九份」は、日本統治時代には金が採れる街としてとして栄え、金鉱山や炭鉱で働く人たちが多く暮らし、とてもにぎわっていました。しかし、時は経ち、生産量の減少から1971年の閉山以降、この街はみるみる衰退しました。その後、この街を再び救ったのは、当時の古きレトロな街並みでした。有名映画の撮影舞台に選ばれたことで、この街にスポットライトが当てられます。基隆湾を臨む、ノスタルジックな街「九份」は、熱気と妖艶が交わる、どこか懐かしい空間です。

食と文化の発信地、士林夜市(ナイトマーケット)

 活気あふれる台湾の「食と文化と情報」の発信地。台湾の大名物ナイトマーケット「士林夜市」を訪ねると、まず圧倒されてしまうのがその熱気です。遊びに来る人、食事に来る人、買い物に来る人、様々な人たちで溢れかえっています。

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